【産業医監修】メンタルヘルスとは?職場でできる支援方法や企業事例を紹介
近年、企業におけるメンタルヘルス対策の重要性が高まり、多くの企業の経営者や人事担当者がその必要性を感じています。この記事では、メンタルヘルスの基本的な知識や具体的な職場での支援方法、企業事例を紹介します。従業員の健康を守るための有益な対策を学びましょう。
1.メンタルヘルスとは
メンタルヘルスとは、こころの健康状態を意味する言葉で、WHO(世界保健機関)では「個人が自分の能力を発揮でき、日常のストレスに対処でき、生産性が高い状態で働くことができ、コミュニティに貢献できる健全な状態」と定義されています。心が軽く穏やかで、やる気に満ちた状態を意味します。
気持ちが沈んだり、ストレスを感じたりすることは誰にでも起こり得ますが、継続すると心の調子を崩してしまう原因になります。心の不調は周囲の人が気づきにくく、自分からも伝えにくい場合が多いため、回復に時間がかかってしまうケースが多いです。
企業においてもメンタルヘルス対策は非常に重要です。従業員が健康で生産的に働ける環境を整えることは、企業の生産性向上やリスクマネジメントにおいて欠かせないことです。メンタルヘルスに対する理解と対策を進めて、安心して働ける職場環境を作りましょう。
出典:『ICN 所信声明「メンタルヘルス」』国際看護師協会(ICN)
2.メンタルヘルス対策の重要性
メンタルヘルス対策は、経済・産業構造が変化する中でその重要性を増しています。仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合が高まっており、労災請求数も認定数も増加傾向です。令和5年度に精神障害として労災認定された件数は883件で、前年度から173件も増加しました。また、日本では5人に1人が心の病気になるといわれています。
出典:『精神障害に関する事案の労災補償状況(PDF)』厚生労働省
企業にとって、健康は目的ではなく重要な手段です。組織を支えるのは人であり、その人を支えるのは身体的・精神的・社会的な健康です。企業の継続的な存続と発展のためには、働く人たちのメンタルヘルスをはじめとした心身の健康を考えることが不可欠です。メンタルヘルス対策を通じて、従業員が健康で生産的に働ける環境を整える取り組みは、組織全体の成長と繁栄につながるでしょう。
出典:『令和5年度「過労死等の労災補償状況」を公表します』厚生労働省
3.メンタルヘルス対策の全体像|4つのケアと3つの予防レベル
メンタルヘルス対策の全体像は、4つのケアと3つの予防レベルに分けられます。以下の表を参考に全体像を理解し、適切な対策を講じてください。
(一次予防)メンタルヘルス不調の未然防止 | (二次予防)メンタルヘルス不調の早期発見と適切な対応 | (三次予防)職場復帰支援 | |
労働者自身によるセルフケア | ストレスやメンタルヘルスに関する正しい理解 | ストレスへの気づき、早期の相談 | 復職の意思表明、生活リズムと体力の回復 |
管理監督者によるラインケア | 職場環境の把握と改善、パワハラ研修受講 | 早期の気付きと声掛け、部下の相談対応 | 段階的な職場復帰のサポート |
事業場内産業保健スタッフ等(産業医、衛生管理者、保健師等)によるケア | メンタルヘルス対策の企画立案、ストレスチェック、教育研修の実施 | 産業保健スタッフ等による相談・面談対応 | 職場復帰支援プログラムの策定、実施 |
事業場外資源(事業場外の機関・専門家)によるケア | 情報提供・助言、ネットワーク形成、外部セミナー | 専門機関への紹介・連携 | 主治医との連携、職場復帰支援 |
出典:
*1『職場におけるメンタルヘルス対策の現状等(PDF)』厚生労働省 P.7
*2『事業場におけるメンタルヘルス対策の取組事例集(PDF)』厚生労働省 P.3
4.職場におけるメンタルヘルス対策の具体例
続いて、職場におけるメンタルヘルス対策の具体例を紹介します。安全衛生委員会やストレスチェックの実施など、どの企業も取り組むべき大切な対策について解説するので、ぜひ参考にしてください。
4-1.安全衛生委員会
安全衛生委員会は、職場の安全と健康を守るための重要な役割を果たす社内の機関です。継続的な会議で安全と衛生に関する問題点を調査審議し、具体的な対策を提案・実施します。
例えば、メンタルヘルス対策では、活動方針の表明や目標の設定、ストレスチェックの分析結果の共有や職場環境の改善策の検討、メンタルヘルス教育の計画などを行います。可能な限り多くの従業員の意見を対策に反映できるよう、定期的に参加者を変更することがおすすめです。衛生委員会について詳しくは、こちらの記事を参考にしてください。
4-2.ストレスチェックの実施
ストレスチェックとは、一定以上の規模の企業で義務づけられている従業員のストレス状態を把握するための質問票調査です。ストレスチェックは、メンタルヘルス不調を未然に防止するための一次予防として位置づけられています。
従業員が安心して働ける環境を整えるためには、ストレスチェックの結果をもとに職場環境の改善や個別のフォローアップが必要です。ストレスチェックについて詳しくは、こちらの記事を参考にしてください。
4-3.職場環境改善や健康経営
職場環境の改善は、メンタルヘルス対策の一環として非常に重要です。職場環境改善は、法令で定められた適切な空調や照明の確保、リラックススペースや休憩室の設置といったハード面の取り組みと、職場の人間関係を改善したり、ハラスメント対策を講じたりするソフト面のアプローチに分けられます。
また、近年では健康経営に前向きに取り組む企業が増えています。健康経営とは、従業員の健康を経営の重要な資源と捉え、健康増進活動を経営戦略の一環として推進することです。具体的な取り組みとして、社内ジムやヨガクラス、社員同士でウォーキングを行う制度の導入、健康的な食事を提供する社員食堂の設置などが挙げられます。
健康経営は従業員の健康を促進し、メンタルヘルス対策に役立つだけでなく、採用力や企業価値の向上といった効果も期待できます。
関連記事:『今さら聞けない健康経営とは?中小企業が取り組むメリットや進め方を解説』
4-4.従業員支援プログラム(EAP)の導入
相談窓口の存在は、従業員の安心感を高めてメンタルヘルス不調の予防に寄与します。社内にメンタルヘルス相談室を開設すると、メンタルヘルスの問題を早期に発見し、適切な対応が可能となります。また、匿名の相談システムを導入することでプライバシーが守られ、より多くの従業員が利用しやすくなるでしょう。
相談窓口を設置する際は、EAPを参考にしてみるとよいでしょう。EAPとは、メンタルヘルス不調の従業員を支援するための専門的なプログラムのことで、産業医や保健師を社内に常駐させる「内部EAP」と、外部機関やカウンセラーと契約する「外部EAP」の2種類があります。
いずれも、専門家による定期面談やカウンセリングなどのケアを通じて、従業員が適切な支援を受けられる環境整備に役立ちます。
4-5.休職・復職制度の整備
メンタルヘルス不調になった従業員が安心して休職し、スムーズに復職できるようにするためには、適切な制度の整備が不可欠です。まず、従業員が必要な療養を取れるよう、休職中の手引を準備し、休職制度について正確に説明します。休職期間中には、必要に応じて定期的なフォローアップやカウンセリングを行い、従業員の回復をサポートします。
復職の際には、段階的な職場復帰プログラムを提供し、従業員が無理なく職場に戻れるようサポートしましょう。例えば、初期の復職期間は短時間勤務から始め、徐々に通常の勤務時間に戻すなどの柔軟な対応が求められます。復職後も継続的な支援を行い、再発防止や職場適応を助けることが重要です。
4-6.研修・セミナー実施
メンタルヘルスへの理解を深めるために、定期的な研修やセミナーを実施する方法も有効です。具体的には社内の産業医や保健師が研修を担当する場合と、外部機関や専門家によるセミナーを受講する方法があります。従業員一人ひとりがメンタルヘルスの重要性を認識し、自身や同僚の心の健康を守る知識を得る機会となるでしょう。
5.メンタルヘルス対策のポイント
メンタルヘルスケアを推進するには、いくつかの留意事項があります。ここでは、「心の健康問題の特性の理解」「従業員の個人情報保護への配慮」「関係者間の連携の必要性」「家庭や個人生活など職場以外の問題」の4つのポイントについて解説します。
出典:『職場における心の健康づくり(PDF)』厚生労働省 P.4
5-1.心の健康問題の特性
メンタルヘルスの問題は、身体の健康問題と異なり、見た目に分かりにくく気付きにくい特性があるため、本人から心身の状況を伝えてもらう必要があります。また、個々の状況や感じ方が異なるため、対応が難しいことも多いです。
しかし、心の健康問題は、始めは小さなストレスや不安からであっても、放置すると深刻な状態に発展するケースもあります。そのため、早期発見と適切な対応ができる環境整備が非常に重要です。
5-2.従業員の個人情報の保護への配慮
メンタルヘルス対策を行う際には、従業員の個人情報の保護への配慮が大切です。メンタルヘルスをはじめ、従業員の健康情報は要配慮個人情報であり、取り扱いには特に注意が必要となります。厳重な取り扱いが必要な一方で、労働安全衛生法では企業が従業員の健康情報の一部を取得できる仕組みとなっています。
ただし、企業には適切な取り扱いが求められることから、健康情報取り扱いのルール(誰が何の情報をどのように取り扱うことができるのか)を定めて、適切に管理するべきでしょう。
関連記事:『健康情報等取扱規程とは?策定の目的や9つの内容を解説【ひな形つき】』
5-3.関係者間の連携の必要性
メンタルヘルス対策は、1人で行うことは難しく、関係者間の連携が欠かせません。人事担当者や管理職、産業医、保健師、外部機関、カウンセラーなど複数の専門家が協力し、従業員のメンタルヘルスを支援する体制を整えることが重要です。情報共有や意見交換を通じて、適切な対応策を見つけ、効果的な支援を提供しましょう。
5-4.家庭・個人生活等の職場以外の問題
メンタルヘルスの問題は、職場だけでなく、家庭や個人生活の問題とも密接に関連しています。家庭内のストレスやプライベートな問題が、職場でのメンタルヘルスに影響を与えるケースは少なくありません。
企業は、プライバシーに配慮しつつ、従業員の家庭や個人生活の状況を理解し、必要に応じてサポートを提供することが重要です。場合によっては、ワークライフバランスを見直し、柔軟な働き方を提案する必要もあるでしょう。
6.メンタルヘルス対策の企業事例
メンタルヘルス対策の企業事例を2つご紹介します。
6-1.【衛生委員会で検討・策定した4つのケアの取り組み】
従業員数約300名の損害保険会社では、メンタルヘルス不調を未然に防ぐため、「こころの健康づくり計画」を掲げて4つのケアに取り組みました。セルフケアでは主に新入社員向けメンタルヘルス研修を行い、ラインケアでは新任管理職に向けて実習を交えたメンタルヘルス研修を実施されたそうです。
また、社内産業保健スタッフによるケアでは、月に1度来訪する産業医と従業員の健康相談の機会を設けました。社外資源によるケアとしては、社外で24時間体制の電話相談を設置し、外部EAP機関によるサービスを活用されました。4つのケアを継続した結果、徐々に産業カウンセラーの個別面談利用率も高まったそうです。
出典:『職場のメンタルヘルス対策の取組事例』働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
6-2.【職場復帰支援の事例】
従業員数300人の製造業では、職場復帰支援のために5つの改善を行いました。まず、面談の実施方法を見直し、必要な情報はメールで連絡して、対面の面談は本人の体調に合わせて調整しました。
次に、主治医の意見を詳細に取り入れるため、診断書にくわえて短時間勤務や配置転換の必要性など、復帰にあたっての配慮事項を記載してもらいました。さらに、通勤トレーニングや試し出勤も導入し、復帰後のフォローも強化したそうです。この取り組みにより、再休職者の割合を減少させました。
出典:『職場のメンタルヘルス対策の取組事例』働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
7.産業保健スタッフと共にメンタルヘルスを推進しましょう
メンタルヘルス対策は、従業員の健康を守り、企業を持続的に発展させるために欠かせない要素です。専門的な知識と経験を持つ産業保健スタッフと連携し、自社でできる対策に取り組みましょう。
【この記事のまとめ】
・メンタルヘルス対策は、従業員の健康と企業の持続的な成長に不可欠
・メンタルヘルス対策は、4つのケアと3つの予防レベルに分類
・人事担当者と産業保健スタッフで適切に連携し、対処することが重要
株式会社oneself.では、保健師・産業医の専門チームが企業の健康管理を伴走支援する「THE OCCUPATIONAL HEALTH.」を提供しています。チャットでいつでも産業保健のプロに相談し放題。健全な職場環境を築き、効果的なメンタルヘルス対策を推進するために、ぜひご活用ください。
企画・編集:横内さつき
執筆:うちやま社会保険労務士事務所 代表 内山美央/oneself.産業保健師一同
監修小橋 正樹
株式会社oneself. 代表取締役|統括産業医
2010年、産業医科大学医学部を卒業。その後、3年間にわたる救急病院での診療経験を通じ、働く人の健康が大切だと改めて実感。2013年、産業医活動を開始。スタートアップ企業の体制づくりから外資グローバル企業の統括マネジメントまで、合計で30社を超える組織の健康管理に伴走。そのなかで、産業医有資格者数の中でも1%以下の保有率と言われる産業医の専門医・指導医資格などを取得。2019年、本質的な産業保健をより広めるためには企業社会への更なる理解が必須という想いで自ら経営者となることを決意し、株式会社oneself.を設立。2023年、誰もが確かな価値を実感できる産業保健サービスを社会へ届けるため「THE OCCUPATIONAL HEALTH.」を提供開始。